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お久しぶりね [1983年7月~9月]

作詞・作曲:杉本真人 編曲:梅垣達志 '83年7月21日(木)発売 歌:小柳ルミ子
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=35527
オリコンチャート昨年12月24日で7位、さらに31日付で6位にランキングされ、同日の第58回NHK紅白歌合戦でヒット曲「吾亦紅(われもこう)」を披露した作曲家の杉本真人。歌手としては"すぎもとまさと"とひらがなで名乗っているが。トレードマークは黒いサングラス。白髪が増えた。
作詞のちあき哲也もこの曲で第49回日本レコード大賞作詞賞を受賞したね。ちあき氏といえば今は演歌しか書かないけど、昔はアイドルやロックにも結構提供していた。「仮面舞踏会」(少年隊)や「止まらないHa-Ha」(矢沢永吉)とかね。
さて、本題に入る。私は杉本氏のことを「お久しぶりね」のヒットで知った。どういう人物なのかというと、昭和24年4月30日生まれで、"団塊の世代"と呼べる。法政大学第一高等学校、法政大学社会学部卒業。
47年にソングライターグループ「フォーメン」結成。50年解散、アルバム「あすふぁると」で歌手デビュー。
杉本氏が作曲した中で私が知っているのは、「忍冬(すいかずら)」(因幡晃、昭和60年)、「それは…黄昏」(五木ひろし、昭和63年)、森進一「冬の桑港(シスコ)」(森進一、平成元年)、「恋は天下のまわりもの」(石川さゆり、平成2年)といったところ。
演歌界を代表する作曲家だが、作詞を手がけることもある。よく演歌の作曲家が地上波UHF曲のカラオケ番組で審査委員長をしているが、杉本氏も群馬テレビで放送中の「ニューカラオケ大賞」に審査委員長としてレギュラー出演している。
「吾亦紅」のヒットで歌手としても注目されるようになり、昨年11月4日からはSTVラジオ「すぎもとまさとのBarスターライト」(日曜19:30~20:00)パーソナリティを務めている。北海道のみなさんはチェックしてね!
さて、「お久しぶりね」についてだが、歌ったのは1970年代に「わたしの城下町」「瀬戸の花嫁」など、演歌調の曲を歌うアイドル歌手として一世を風靡した小柳ルミ子。
30歳代になる前に八重歯を抜いた小柳氏は昭和58年、映画「白蛇抄」でオールヌードを披露した。「お久しぶりね」が発売されたのはその頃。杉本氏は作詞も担当した。
ピアノで始まるイントロ、そして演歌の香りを残しながらもポップス調の曲に合わせて小柳氏が持ち前のファルセットを繰り出しながら華やかに踊る。宝塚音楽学校出身だけあって、その動きはそこいらのアイドルとは比べ物にならない。
幅広い世代に受け入れられた「お久しぶりね」は次第に上昇していき、最終的にはオリコン最高位8位、100位以内登場38週、売上39.7万枚。久々のヒット曲となった。曲がヒットし始めた頃、サントリーは「小柳ルミ子ヌードカレンダー」をプレゼントするキャンペーンを展開していた。
続く「今さらジロー」「乾杯!」も杉本氏の作詞・作曲。まさに小柳氏の第二次黄金期だった。
昭和という時代が終わる直前、ダンサーの大澄賢也との結婚を発表して驚かせた。当時賢也君は23歳、小柳氏は36歳。まぁ、賢也君がまだ駆け出しのダンサーだったこともあり、いろいろ議論を巻き起こした。今風に表現すれば"格差婚"というところか。
結局賢也君のプレイボーイぶりが災いし、予想していたよりは長くもったが、結局離婚した。慰謝料は今、どうなっているのかな?

この2枚組CDのDISC-2の14曲目に収録


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